3つの伊勢街道が通る、東奈良名張
「一生に一度はお伊勢さん」と言われるほど、江戸時代の庶民にとって伊勢神宮へのお参りは憧れでした。日本人の約1割が日本全国から伊勢神宮を目指したといわれています。 東奈良名張には、大和と伊勢を結ぶ伊勢街道のうち3つの街道、「伊勢本街道」、「初瀬街道(はせかいどう)」、「伊勢南街道」が通っています。旅人がお参りしたと言われる神社や宿場町などは江戸時代に大いに賑わいました。
伊勢本街道
大阪・玉造神社を起点に伊勢に至る全長170kmの街道。大和と伊勢を結ぶ最短ルートとして知られていましたが、途中には険しい峠がいくつかあり、旅人に恐れられていました。また、倭姫命(やまとひめのみこと・第11代垂仁天皇の第4皇女で初代斎王)が天照大神の鎮座の地を探し求めて伊勢まで旅をする際、この地域を通ったと日本書紀に書かれており、この街道沿いには江戸時代の面影を偲ぶことができるほか、倭姫命の伝説にまつわるスポットも多数あります。
初瀬街道
奈良県桜井市の初瀬(はせ)と三重県松阪市を結ぶ街道。現在の国道165号が「初瀬街道」と呼ばれており、その脇には「旧初瀬街道」が存在しています。江戸中期から明治初期には、伊勢本街道に代わって最も賑わった街道です。榛原(はいばら・奈良県宇陀市)で「伊勢本街道」と「初瀬街道」に分岐したあと、江戸時代の藩主・藤堂氏の城下町として、またお伊勢参りの宿場町として栄えた名張(三重県名張市)のまちを通り、青山峠を超えて伊勢国へと入ります。
伊勢南街道
江戸時代、紀州藩の本城と東の領地松坂城を結ぶ、紀伊半島を東西に横断する約180kmの街道で、別名「和歌山街道」とも呼ばれています。お伊勢参りのほか、熊野詣や吉野詣の巡礼道として、また参勤交代にも使われました。古い宿場町の町並みや渓流が美しい山々の村を通り、高見峠を越え伊勢国へと入ります。高見峠のある高見山は「関西のマッターホルン」と親しまれ、登山者に人気です。
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